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あけましておめでとうございます

 投稿者:森美紀(8組)  投稿日:2015年 1月 5日(月)12時06分53秒
返信・引用
  皆様お元気でしょうか?掲示板も2年も更新されずにいますが、お正月になると藤川君を思い出し、お気に入りから外せません。同級生を思い出し、みんな体に気をつけてね、今年は皆さんにとってももちろん私にとっても良い年でありますように、と思い、今年こそ少しは運動しなきゃと思います。忙しい毎日ですが、できる限り機会を作って皆さん旧交を温めましょうね。  
 

本当は着せたくなかった

 投稿者:平川隆幸(6組)  投稿日:2012年 1月 7日(土)19時17分28秒
返信・引用
  3日の深夜 伊藤からの電話
驚きもありましたが、藤川の病名を肝硬変としっていただけに、「来たか」と瞬時に思いました。

虫のしらせといいますが、ちょうど3日東京から岡山へ戻るときに、藤川とよく飲んだ北千住を通過したときに、嫁に「ここで藤川とよく飲んだよ あいつは肝臓悪くしてるから酒をやめないと早死にするよ」と話たのです。

まさかその時間にはもう帰らぬ人となっていたとは・・・

20年前の私の結婚式では2次会に突然登場してくれ、6年前の伊藤博君の熊本工業花園出場ときは、どこでしったか携帯に「一緒に応援行こう!」と電話してきたり、その後東京同窓会に引き込まれて、先輩の大田黒さんに40歳以上のラグビー(不惑クラブ)に毎週のように参加してたり・・・

やることなすこと 急すぎる男でした。

最後にあったのもラグビー。

去年の9月ワールドカップのジャパンVSフランスを秩父宮のパブリックビューイングで一緒にみにいきました。「肝臓の数値はずいぶんいいんだ」といいながらも、ずいぶんとヤセていて、それでいてお腹はぽっこり(たぶん腹水がたまるのでしょう)。

肝硬変の危なさを聞いてますので、容体が悪くならないことを祈るばかりでした。

通夜で棺にいれたのは、13年前の花園出場応援時にスタジアムで買ったコンバートのタイガージャージ。嫁と2枚買って着て応援したのですが、母校の花園出場もその後パッタリで、タンスの肥やしだと1枚捨てさせられたもの。

藤川に着せることができ、ご遺族には喜んでいただけましたが・・・

本当はまだ着せたくなかったよ 藤川!!!!
 

追悼

 投稿者:大津聖明  投稿日:2012年 1月 7日(土)10時48分19秒
返信・引用
  藤川…

おれが結婚することになったとき。
それからうちの親父のガンが再発したとき。
そしておふくろが死んだとき。
おまえがかけてくれた言葉が、おれにはどんなに嬉しかったことか。
おまえはなんていいヤツなんだ。
おれはおまえが大好きだった。
いつか何かでおまえと仲違いするようなことがあっても、あのときの感謝の気持ちを、おれは一生忘れまいと思った。
そしていつか、何かのときにはきっと、おまえに返そうと思っていた。

しかし藤川…

おまえは死んでしまったんだなぁ。
もう気持ちを伝えることも、返すこともできなくなった。
今はただ、寂しい。悲しい。
しかしさらに悲しいことに、いくら寂しくても悲しくても、やっぱり腹は減るしうんこを我慢することはできない。
つまり、生きてる間は生きてなくちゃいかんからね、おれたちは生きることにする。
おまえも寂しいだろうが、まぁ待っててくれ。
いずれみんなそっちに逝くから。

そっちの世界にもアレかね?
やっぱり濟々黌平成24会(にーよんかい)なんてのがあるのかね?
23会にはうちの親父もいるから、時々は訪ねてみてくれ。

さて…

1月2日は、残された我々には忘れられない日になったな。
藤川の日… 「ゆたかの日」っていうのはどうだ?
なんだか国民の祝日みたいでいいだろ?
いや、他の国民がどうだろうと、おれはこれから、毎年1月2日は必ず休むことにする。

以上、在りし日のおまえを思い出しつつ…

ありがとう、藤川豊。
 

Re: 藤川豊君の訃報

 投稿者:佐藤恵子  投稿日:2012年 1月 5日(木)23時01分46秒
返信・引用
  > No.117[元記事へ]

我が儘で甘えん坊でさびしがり屋の藤川君へ

12月28日のメールで

「力仕事は体に応える。きつか」

というあなたに

「頑張れ!」

と書いてしまったこと、心から後悔しているよ。

本当に、本当に、本当にきつかったんだね。

「無理せず体をいたわって・・」
「体が大切なんだから、仕事なんて放り出して帰りな!」

と何故言ってあげなかったのか・・・・ごめん。ごめんね・・・。本当にごめんね。




これからはゆっくりしてください。

大好きなお酒もいっぱい飲んでいいよ。

私たち、藤川君の分までこれからの人生を謳歌するから天国で見守っていてください!



藤川君、いろいろあったけど、すべてひっくるめて

本当にありがとう。

心から・・・・感謝しています。
 

藤川豊君の訃報

 投稿者:伊藤  投稿日:2012年 1月 5日(木)22時14分32秒
返信・引用
  藤川豊君が1月2日朝にお母さんの住んでおられる西宮市で亡くなりました。親族の方から下記のとおり葬儀等について連絡ありましたので皆様に連絡致します。
   記
場所、住所、電話省略
通夜:1月4日19時
葬儀:1月5日9時半
なお、私が把握している携帯メールアドレスで送信しました。藤川豊君をご存知の方にメール転送頂ければと思います。どうぞよろしくお願いします。
平成24年1月4日0時半



多方面に藤川の訃報連絡ありがとうございました。心から感謝致します。50才を迎えることなく亡くなった藤川が不憫に思います。肝硬変だったようです。ただ最期に、お母さんがおられた神戸に正月の里帰りをして亡くなったことが、唯一良かったのかなと思います。
一緒にラグビーしたり、悪いこともやったり、そして東京で息子も世話になったりしていましたので、さっき一人新幹線に飛び乗り神戸西宮に向かっています。
藤川の11年前に亡くなられたお父さんは氷川高校で私のラグビー部前監督でしたし、同勤させていただき、大変お世話になった関係もあり、最期のお別れをしてトンボ返りします。帰りに、様子をお知らせします。
なお、石丸のお世話で56会から生花、またラグビー部で前田と話し合って同じく生花をお願いしています。ありがとうございました。
我々も若くなくなりました。人には言えませんが、体には注意して頑張りましょう!元気に再会できることを楽しみにしています。
合掌
1月4日14:10 新幹線内にて



突然の訃報連絡と仕事始め、そして藤川にあまり縁のなかった西宮での葬儀ということで、一般の弔問客も私、平川君(岡山県在住)、野口君(大阪在住)、松島君(附属中の同級生で熊本県在住)の他に7名という寂しい通夜でした。しかしながら、お母さんや奥さん、妹さんには同級生の気持ち、メールを伝え喜んでいただきました。
一昨年暮れの肝臓での入院から、あまり回復はしていなかったようです。暮れの30日に西宮のお母さん宅へ行き、31日は少し具合が悪かったようですが、お母さんの勧めも聞かず病院に行かなかったそうです。1日に救急車で入院、肝臓の数値も悪く、2日朝にお母さんに病院から連絡があり、容態が良くないということで行かれ、その後突然亡くなったそうです。肝硬変が原因でした。
棺に平川隆幸君が済々黌のタイガージャージを持ってきて供えてくれました。藤川も痩せてはいましたが、穏やかな表情で喜んでくれたと思います。また、少ない参列者ではありましたが、みんなの気持ちを表した、56会、東京56会、ラグビー部同級生の生花に囲まれ喜んでいたと思います。
お母さんに尋ねたところ、春頃に八代に納骨に来られるそうです。その時には連絡していただけるということです。お母さんを囲んで、藤川を偲ぶ会が熊本在住の人達とやれればと思います。その時はよろしくお願いします。
合掌
1月4日22:12 新幹線内にて


以上、携帯メールにて送信した分を載せました。なお、私に藤川君の親族から訃報連絡が入りましたのが第一報、その時が1月3日から4日になろうかという11時58分で、その後メールや電話をしましたが、多方面に連絡が遅くなりご迷惑お掛けしましたこと、お許し下さい。

あんなに元気な男がこんなに早く、50才を目の前にして逝ってしまうとは夢にも思いませんでした。高校時代の藤川君は、実に面白い男でした。わがままな面もあり、時には腹立つこともあり、けんかもしました。また、藤川君は時には怒り狂いながら、頭を抱えることもありました。私以上に喜怒哀楽に富み、寂しがり屋の男でもした。でも、実は繊細な面もあり、いろんな面でストレスを抱えていたんでしょう。酒が好きでしたが、それよりも飲まずにはいられなかったんでしょう。でも、それが命取りとなってしまったと思います。これから会えないかと思うと残念でなりません、悔しくてなりません。私も藤川君の死をようやく受け入れることができ、彼から健康、命、そして同級生の大切さ有り難さを再認識させてもらったところです。
よろしければ皆さんも、藤川君を偲んで弔いの書き込みでも頂ければ彼も天国で喜んで読んでくれるのではないかと思います。よろしくお願いします。
 

ラグビー予選

 投稿者:6組 藤川  投稿日:2009年11月 6日(金)21時00分17秒
返信・引用
  伊藤君
今年は工業、強いらしいね。
頑張って花園を目指して下さい。
済々黌は九学を相手に、惜しかった!
ばってん、よーやったと思うよ!!
1浪するかもしれんが、エールば送るよ!
フレー、フレー、済々黌!!!
 

ありがとうございました

 投稿者:旧姓上段恵子  投稿日:2009年 7月 9日(木)00時57分55秒
返信・引用
  伊藤君の投稿を読む度に夫婦で涙する岡村です。

伊藤君、お悔やみ申し上げます。
伊藤君の47回目の誕生日、きっとおじい様は喜ばれたと思います。
ほんとに伊藤君の話を読むと、うちと重なる部分も多く、夫婦で共感して
涙しています。

夫は伊藤先生の大ファンなんです。 (^^ゞ
元熊工体育科のO先生とも親しくさせていただいてるし
どこかで 縁 が繋がってるんですね~。

最近、つくづく 縁 がもたらしてくれる楽しい出来事の数々に感謝しています。

先日この掲示板に サッカー早慶戦のチケットの件をちょっと載せたばかりに
藤川君には本当にお世話になりました。
感謝感激です。
藤川君がこんな親切な人だということを高校時代に気付いていれば・・・・!?
  (何もないか・・・ 笑)

佐藤さん、工藤君、斉藤さんも本当にどうもありがとうございました。
チケットでお世話になったこともそうですが、高校時代以上に交流が持てたことも
うれしかったです。
済々黌ってやっぱりすごいなあ。
こんな卒業して30年近くも経つのに、みんなと繋がっていられるなんて!

ところで 伊藤元気君はラグビー部でかなり鍛えられているようですね。
ラグビー部は特に厳しそうですね。
うちの高志も似たような状況ではあるけど
「大学はいまひとつだけど、サッカー部はめちゃ楽しい!」
と言って、サッカーに浸れる毎日に幸せを噛み締めていて
練習終了後、さらに残って自主練しているようです。
「彼女を作る余裕もない」と本人は言っていますが、ただモテないだけでしょう。

佐藤さんが 子供さんの練習試合を観に行かなくても 全然大丈夫。
行きたくなった時に行けばいいのです。
きっと今はその必要がないんだと思うよ~。

それから今の親が幼いというのは同感ですが、今の子供は意外に
感心する部分もありますよ!
息子の高校サッカー部では 毎年 先生・生徒・親総勢約150名位が参加する
3年生を送る会(宴会)を秋の高校選手権後に開催します。
最後に 卒業生一人ひとりがステージに上がりみんなに挨拶するのですが、
サッカー部の思い出話だけでなく、「お父さんお母さんありがとう」
という感謝の気持ちを素直に言葉で表現してくれます。
中には「とうとうレギュラーになれず試合にでれなかったけどいつも
応援に来てくれてありがとう、かあちゃん」と泣きながら頭を下げる子
とかもいて、毎年私達保護者は子供達の思いがけない言葉に泣かされてます。

私は高校時代 親に対してそんな感謝の言葉を贈ったことはなかったなあ・・・
と反省すると同時に 今の若い子達は実は捨てたものではない と思いました。
ありがとう とちゃんと言えることはきっと成長に繋がりますよね。
私達親世代ががんばらねば・・・

ではでは またお会いしましょう。
 

頑張れ、元気君(^○^)

 投稿者:2組佐藤(児玉)  投稿日:2009年 7月 3日(金)20時33分21秒
返信・引用
  伊藤君の投稿を読む度に涙する佐藤です。

おじい様が亡くなられたとのこと、お悔やみ申し上げます。
伊藤君の忘れられない47回目の誕生日、涙なくては読めませんでした。
伊藤君の息子さん達への愛情は本当に熱いですね(⌒▽⌒;)

上段さんのところもかなりのものですよ(;^_^A

我が家にもメジャーリーガーを目指している怪獣が2匹いますが、
私が野球に熱くなれないので、月に数回回ってくる練習時のお茶出しでさえ
苦痛なんですよ。(-"-;A ...アセアセ
練習試合も公式試合も一度も見学に行ったことがありません。
伊藤君や上段さんの話を聞くと、自分が冷たい親に思えてきました~。...... ( 〃..)ノ ハンセイ

>最近高校生がめっきり幼くなってきたように思えるのは、私だけでしょうか

高校生どころか、中学生も小学生も・・。
ある教育学者さんの話だと 実年齢―4歳=精神年齢
とのこと。うちの息子の場合 9-4=5・・・5歳なら納得だなぁ・・ってことが多々あります。

>自分勝手な、空気を読めないような生徒

(^^)(--)(^^)(--)ウンウン
生徒だけでなく、親(大人)もです。
つい先日も学校の先生方と膝つき合わせてこの件で話が盛り上がりました。
先生方も大変な様子でした。



これからの世の中の子育てって難しい・・・痛感しています。


早朝の散歩時にはアルミホイルとサランラップ着用だけはなさらないでくださいね( ̄人 ̄)オ・ネ・カ・゛イ♪ヽ(* ̄〓 ̄*)ノ^☆ブチュゥゥ♪
 

(無題)

 投稿者:伊藤 博メール  投稿日:2009年 7月 3日(金)03時44分21秒
返信・引用
  上段(岡村)さん、投稿ありがとうございました。息子さんすごいですね。そして早稲田大学サッカー部入部おめでとうございます。よかったですね。元気と一緒の学部ということで、これまた縁を感じます。昨日、以前熊工の体育科でご一緒させていただいた先生が来られて、ご主人と息子さんの話になり、びっくりしました。また、早くこの投稿を見ていて投稿したかったんですが、なかなか書く暇がなく、遅くなり申し訳ありませんでした。
 今夜は、先ほどまで街で山田(バレー)、金森(野球)、福田(TKU)達と久しぶりに飲んできました。帰宅後仕事をしながら、次男が期末考査最終日のため(この子がなかなか勉強をしない)、徹夜を付き合っています。特に明日は最終日で「保健」があるので、私も保健体育の教師として、その息子ですので最高点を取らせようと意地がありますからね。勉強もラグビーも仕事も一緒だと思います。ここという時に頑張れるかどうかは、勉強を見ればラグビー、将来の仕事で頑張っていけるかわかりますよ。「今何をやらねばならぬ時か?!」 よく生徒に問う質問ですが、ひとつのことは全てにつながると思っています。まさしく済々黌魂を、在黌時に育てていただいたと感謝しています。
 次男は私と同じ熊工にお世話になっているので、ある面ではかわいそうなこともあります。先日体育科の教育実習生の研究授業がありました。その授業が次男のクラスでした。研究授業というよりも私にとってみると授業参観ですね。30分経過しました。後ろから観ていると次男がおそらく眠いのでしょう。ふらふらし始めました。徐々に教師から親の気持ちになっていきました。41分経過の時、ついに親父としての怒りを抑えきれず、次男の背後から忍びより右手拳を大きく振りかぶって「スーパー・ウルトラ・げんこつ」を炸裂させました。教育実習生の研究授業のために集まっておられた先生方は、何事かとびっくりされましたが、私の小さな声での、「息子です」と言う言葉を聞いて安心されたり、頷いておられました。教育の現場では、生徒への体罰は禁止されていますが、これは息子の情けない授業風景を観た父親の息子への愛情げんこつであって体罰ではありませんよね。上段さんだったらどうですか? おそらく投稿を読んだ限りでは、上段さんのご主人も私と同じことをされるのではないかと推測致します。
  さて、元気のことですが、3月31日の入部説明会に当初50名を超える入部希望者が来ていたそうですが、4月26日の入部式を目指してハードな練習に徐々に減っていました。3月28日に上京する際に、家内とその祖父母の三人で熊本空港へ見送っていったわけですが、その元気な祖父が突然脳梗塞のため20日に入院しました。当初は意識ははっきりしていたのですが、病院の先生からは最悪の場合は…、と説明を受けていた通り、その最悪の事態に日一日と進行していき、24日夕方に帰らぬ人となってしまいました。25日が入部許可の発表、そして練習。26日の午後1時から入部式と新入部員対2年生の試合が予定されていました。そのような状況でしたので、元気には祖父の死を知らせませんでした。祖父にとっては元気は初孫で、私が氷川時代からラグビーのために家庭を顧みていませんでしたので、とてもかわいがっていろんなところに連れて行ってもらっていました。私は知らせることができないもどかしさと、元気が不憫に思えましたが、とりあえず25日の入部発表が終わってから知らせよう、そして駄目だったら即26日の葬儀に間に合うように来させます、と周りを説得し、郵便局に飛行機代を入金しておきました。25日夕方7時からの通夜の前にメールで入部決定の知らせがきました。「よくぞ頑張ったぞ、よく耐えたな。」と涙が溢れました。そして通夜が終わって、8時過ぎに元気からの電話があり、その事実を伝えました。「じいちゃんの亡骸を最後に一目見たかろうが、帰ってきたかろうが、お前のじいちゃんへの供養は晴れて早稲田大学ラグビー部員となる入部式に参加することだ。それがじいちゃんも喜ぶはずだ。明日の試合はじいちゃんのために精一杯頑張りなさい。」と電話越しに話すと、元気の必死に堪える嗚咽が聞こえてきました。26日1時からの葬儀では、元気からの弔辞が代読され、参列された方々の涙を誘いました。また入部式は、1時から同時に行われるという運命を感じました。また奇しくも26日は私の47回目の誕生日で、一生忘れられない日となりました。
 元気はその後、毎日練習後夜中の12時半頃の帰宅のようです。一年生はどの世界でも雑用がありますからね。いい人生の勉強をさせていただいていると、親としても感謝しています。また、現在一番下のチームで鍛われまくりで、ボロボロの状態になっているようです。毎朝(最近は減りましたが)、『がんばれ元気!その○』とメールを送るのも私の仕事で、現在「その65」までいきました。
 春シーズンも先日の日曜日に終わり、今週は飲み会が多いということでお金を心配していましたので、今日も2万円振り込んできました。彼女を作るのも時間がないようでかわいそうな気もしますが、先日同じ学部の女の子とボートに乗ったと家内にうれしそうに電話をかけてきたそうです。明日は飲み会に3人の女の子を連れて行かなければならないそうで、そのお金を自分が払っていいかと私に伺いの電話をかけてきた野暮な男です。「お前は馬鹿か~、そりゃ当然だろう!」と怒り飛ばしてやりましたが、微笑ましく思えました。若いっていいですね~。上段さんの息子さんも、おそらく元気と同じような生活をしているはずだと推測しますが…。これから試験があるそうで、月末に帰熊するようですが、私はその頃は長野県菅平で全日本ユースの指導をする予定ですので残念ながら会えません。ただし、8月半ばに熊工を引き連れて再度菅平に行きますので、その時早稲田の合宿も真っ最中ですので向こうで会えそうです。楽しみです。
 最近高校生がめっきり幼くなってきたように思えるのは、私だけでしょうか。逞しさが不足しているように感じますし、自分勝手な、空気を読めないような生徒が増えているように思うのです。その原因はいろいろ考えられますが、ひとつは我々大人の責任もあるでしょう。これからさらに難しい世の中になってくると思います。残り13年の教師生活となってきましたが、なんとか目まぐるしい社会に適応しながらも、浪花節を語る教師で頑張っていこうと思っています。
平成21年7月3日午前3時50分
                                                      伊藤 博(6組)

※次男はダウン。5時に起こしてくれと言って先ほど寝ました。私はこのまま徹夜です。これから散歩でも行こうかと思いますが、不審者と間違われると嫌なのでどうしようかと考え中です。まだまだ若いモンには負けられんし、負けてないですよね。
 

覚えてますよ!

 投稿者:旧姓上段恵子  投稿日:2009年 6月11日(木)21時07分25秒
返信・引用
   もちろん、藤川君が高校時代ラガーマンだったこと覚えていますよ~!

 去年の同窓会で 今も現役ラガーマン と聞いて尊敬しました。
 私達の年代になっても何かしらスポーツをするって難しいですよね。
 しかもラグビーって激しくてヤングのスポーツだと思い込んでたから
 なおさらびっくりしました。
 意外にもずーっとできるんものなんですね。すごい。

 私もテニスを始めようと思ってるとこなんです。
 13歳から24歳までやってました。
 一応スポーツウーマンだったんですよ・・・・
 でもさすがに足腰が弱ってきてるんでそろそろ始めないと!
 藤川君を見習って頑張ります。

 ところで 6/28 夜 国立競技場 にてサッカーの早慶戦があります。
 誰か~チケット買ってくれる人いませんか~?
 当日券は1000円ですが 500円でいいです。
 息子が100枚売らないといけないみたいなので・・(^_^;)
 よろしくお願いします。
 

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