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今でも苦しんでいます

 投稿者:ピレ侯爵  投稿日:2009年 1月21日(水)14時11分25秒
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  既に2年も経過していますがあの時の事が頭から離れません。
亡くなってから謝罪?されてもジャッキーはかえってきません。
2年前に経験した事を述べたいと思います。
ジャッキーの腫瘍細胞は中型で、中分化型から高分化型なリンパ腫と判断され、あまり良い状態ではなく、加えて高齢である(K医師は、こんな高齢のピレちゃんは標本でしか見た事ないですね、と言っていたのを今でも忘れません。)との指摘や、1週間毎のプロトコールについて、25週にわたり加療、出来れば去勢をしてからの方が良いとか、色々と
説明は受けたものの、肝心のリスクに関しては一切の説明がありませんでした。
12/20、精密検査(全血球検査、FDP検査、X線検査、超音波検査、細胞診検査、骨髄生検等々)を受け、それも夕方には終わる予定が、こちらから何度も連絡をとっても「今、手が放せないので、後から連絡します。」結局、10時過ぎ「全ての検査が終わりましたけど今夜は遅くてお迎えも大変ですから、こちらでお預かりいたします。」もっと前に連絡してくれても良いのでは・・・少し不信感が募りました。

12/21、1回目の抗癌剤投与(VCR、VIN、Cyclo、Metho)ビンクリスチン 1mgX2や皮下注射、筋肉注射を施された様です。
その日の夕方迎えに行った時のジャッキーの姿は、今まで見たことがないほど元気がなく、目は虚ろ、極めつけは歩行困難、立っているのがやっとの状態でした。
K医師もかなり動揺していた様子で、「ジャッキーちゃん、夕べから飼い主さんを探しているみたいで、滑るケージの床で立とうと泳ぐ様にしていたせいですかね。?それで歩くのが大変なんですかね。?挙句の果てに、動物学から診ても骨等に異常はないのですがね。」と首を傾げる有様です。(私の方が聞きたいよと言いたいくらいでした。)

その日を挟んで苦闘の日々が始まりました。
食欲も無く、100歳の老人が歩く様にトボトボと、抗癌剤の副作用だったのでしょうか?
治療に入る前から、F担当医に言われるまま元気の度合、食欲、飲水量、朝晩の呼吸数、心拍数、体温、排便数を亡くなる前日まで付けていましたが、なんだったのでしょうか?
12/28、2回目の抗癌剤投与(VCR、VIN、Cyclo、Metho)、全血球検査、サイクロフォスファミド注100mgX4静脈留置、犬導尿処置(オス、非閉塞、<10K)、皮下補液等々の処置をしていただきました。
前回同様、夕方迎えに行くと、K医師が「ジャッキーちゃんの経過、すごく順調で今日は息の根とめちゃいましたから、少し待っていて下さい。」              1時間以上待たされた後、そこには信じられないほど憔悴したジャッキーが介護士の様な方に胴輪をされ、壁に押し付けられ、明らかに胴輪で52Kgの体重を吊り上げている様に見えました。
その様子を気にしながら、今までの担当医とは違う若い女医さんから、機械的で感情の無い各種内服薬の説明を受けました。(その薬を飲ませることはありませんでした・・・)
車に乗せるためリードをつけ様とした瞬間、あの大きくて真っ白なジャッキーがまるで氷山が崩れるように床に崩れ落ち・・・・・その姿は今でも忘れることが出来ません。
どうにか車に乗せ帰路に付く間、安心したのかスヤスヤ寝息をたてていました。
12/28、9時過ぎに帰宅、足取りに力はなくほとんど歩けない有様、食欲も全く無く
水を少し飲む程度で、あとはただ寝ているだけ、どうした?「頑張れジャッキー」とただ励ます事しか出来ないもどかしさ、辛いです。
口元に大好きなアイスクリームを差し出しても舐めてもくれない。
12/29、30、様態はかなり悪くなり、我慢強いジャッキーも時々苦しそうにうめき声をあげて、本当に辛そうでした。
ホームドクターの院長先生をはじめ、スタッフの手厚い治療を施して頂き有難うございました。
良くして頂いた院長先生と家族に看取られた、ジャッキーは幸せだったと思います。
もっともっと一緒に居たかった、ゆっくり一緒に年老いていきたかったよね。
今、治療をすれば天寿を全う出来ると訊けば治してあげたい、それが飼い主の務めだと思います。
たくさんの楽しい思い出や、モデルとしてテレビに出演したりファション雑誌で使われた等々まるでステージママ、パパの気持ちを味わせてくれてありがとう。
まだまだ書きたいことがたくさん有るのですが、とにかく活字にする事の難しさを痛感しています。
ジャッキーの死は今でも納得していません、日本小動物医科学研究所の治療をしなければまだジャッキーと暮らしていたかも?
少なくとも大晦日の明け方に息をひきとる事はなかったのでは?
全て私が悪いのです、取り返しの出来ない判断をしてしまったことが悪いのです。
あの時、もっとリスクについて問い質せばよかった、正直に答えてくれるかは疑問ですが今より気持ちが楽になったかもしれません。
今でも毎朝、お線香をあげる時ジャッキーに「無理な治療をさせて御免ね、許してね、まだ
ジャッキーの所に行けないけど、そっちに行ったらまたパートナーになってくれるよね」と言って手をあわせている毎日です。
12/28の2回目の抗癌剤投与の日から何一つ口に出来なくて可愛そうだったね、もう食べることが出来ないけど、仏壇には大好きだったおやつを供えてあげてるからね。
私たちの他にもこんな経験をした方がいるのではないでしょうか?
とにかく許せません。
どうか私の苦しみを分かって下さい。
 
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